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2006年10月18日

一連の教育現場の事件について

『教育現場に携わる方々は、一般の職業に携わるのとは意味が違う』

『隠ぺい体質の改善も含め【教育】の抜本的見直しが必要』


などなど…。


たしかに、国を挙げてからあらゆる非難が飛び交っている一連の事件だけれど、【では、どうしたらよいのか?】という具体的改善策は出てきていないのが現状です。


こういうときこそ、感情にまかせて暴言を吐くだけではなく(普段、ボクたち社会人が不毛な会議でやらされているであろう)アイデアフラッシュを出し合ったりする必要があるんじゃないかと思うわけです。

- - -

そして、その前に【まず、ヒステリックになるのはやめよう】と、提案したい。


誤解を招かないようにあえて書くけれど、ボクだって、これらの悲惨なニュースは可能であれば目にしたくはないし、できれば、牧歌的に、なごやかに、平和的に日々を過ごしたいと願っている一般人であることをどうか忘れないで欲しい。


さて、本題。


もはや、あらゆる自浄作用や改善が期待できないところまで来てしまったのは、落ち着いて考えれば、なにもそれは教育現場だけではないことは、他の業界の日々流れるニュースからボクたちは知っているはずである。


しかし、こと教育現場に関しては、【聖職者】(…を願う気持ちもわかるけれど)という願望の余り、他の業界・職種とは明らかに一線を画した独自の環境になっていることももはや周知の事実でもある。


こんなことを書くのは、とてももどかしいし、悲しいことではあるんだけれど、もはや、いわゆる先生たちは聖職者ではないし、よくよく考えれば、先生たちだっていち社会人のひとりであって、職業全てに人生を捧げるような理不尽な職業であってはならないのではないか?という個人的な思いだってないわけじゃない。


であるならば、きちんと現実を受け止めた上で【聖職者】である環境を抜本的に取り払うことで先生たちの個人的自由と、生徒たちの権利を再定義するのはいかがだろうと思う。


心構えとしてはこうだ。


教育現場は、子供をあずける場所じゃない(保育園じゃない)っていう認識の流布が必要なんじゃないかと。


それはイコール、学校(教育)は、国家が国民に最低限に求める学科の習得を目的とすることのみを扱う・・・と再定義・明文化することじゃないかと。

だから、生徒や家庭に関わる問題には一切関与しないし、その義務を持たないってこと。


まぁ、これらは義務教育の現場だけにあてはまるのかもしれないけれど、教育現場から、本来、家庭で教えるような要素をいっさい排除することで【いっさいの特別扱いをやめようじゃないか】というシンプルなもの。


この【特別扱いをしない】とは、具体的にどういうことかといえば、刑事事件が有れば警察が介入するし、訴訟だってありえるということ。

これはなにもそこまでしなくとも?と思うかも知れないけれど、これは「普通の社会と同じ環境にすれば?」という扱いにすぎない。


であれば、第三者機関による【監査(評価)制度】も導入されるべきし、開かれた環境になるのではないかと思われる。


繰り返すけれど、もはや「私たち(教育現場)だけでなんとかします」というレベルはもはや越えたという認識が必要なのであって、じゃぁ、具体的にシステムを抜本的に見直そうという意見があったってアリなのではないかと思う。


既に、職種や業界を問わず、一般的な現場ではあらゆるシステムの見直しが入っている時代なのである。


教育者と同じように「聖職者」と言われて保護されてきた医療機関でさえも、あらゆるメスが入っていることからも特別におかしな意見でもないんじゃないかと。


ここを見ている方々の中に、教育現場に携わり、昼夜を問わず子供たちの教育に取り組んでおられる方も少なくないと思うけれど、違った見方をすれば、やはり、365日24時間、プライベートも失うような職業は21世紀的ではないんじゃないかと思う。


高尚な教育現場の理想も、個人的には理解しないでもない。


しかし、ボクたちが直面している現実に、具体的にどう向き合っていくのかの方が優先順位は上ということを、どうかもう一度理解する必要があるんじゃないかと思う。


そして、子供をあずける家庭に関しても【共働きで忙しいし、一時的に子供を便利に預かってくれて、いろんなことを教えてくれる場所=学校】という図式は、根こそぎ考え直す必要があるんじゃないかと思う。



まぁ、ここまで書いといて言うのもなんだけれど、ボクは結婚もしていないし、子供を育てた経験もないことをいろんな意味で記しておきます。


そんなボクは、一番教育現場の現実を理解していない一人なのかも知れないけれど、であればこそ冷静な視線で見えることもあるし、また、ヒステリックに嘆くだけの意見よりは100万倍マシなのではないかと個人的には思うのである。


正しいとか間違っているとか、そういう話しは評論家にまかせて、まずは、冷静に具体的な方法論を自由に出し合える機会の一役になれれば幸いかなーって。

- - -

追記:

あと、余談ながらのアイデアフラッシュを挙げるとすれば、教育委員会や日教組やPTAなどという団体も、21世紀的なフラットな関係性もう一度抜本的に再構築するためには、組織そのものの在り方を見直した方が良いと思う。


また、学校毎に編成される父母(父兄)会も、どうしても自分の子供たちに関わる問題なので(ある意味、利権に直結するとも言える)冷静な対応も難しいと思われることから、毎年くじ引きかなんかして、【Aという学校の父母会は、Bという学校を視察して評価する】などの案があってもよいのではないかと思うし、

先生の配属に関わる問題(普通の会社なら人事とか総務とかのセクション)も、教育委員会や学校任せにするのではなく、これら父母会による評価も加える制度にするなど……、

とにかく、どこかに一極集中する(お任せ)ような制度は民主主義的じゃないんじゃないかと思う。



まぁ、いろいろ書いたけれど、まとめるならば【権利も平等であるならば、義務だって平等にするべきだ(その逆も然り)】ってことと、【もはや独自の自浄作用が働かなくなるほどシステムが凝り固まっていることが問題なんじゃないの?】ってことである。


posted by 石山城 at 15:15 | Comment(3) | TrackBack(2) | Diary / 日記| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは
久しぶりにゆっくりとブログに目を通していたら・・・なかなかいいこと言いますね。

賛成に1票!

私も子どもの教育に携わっているものとして
言わせていただくならば
「どこからどこまで」さえハッキリしていれば
何も問題はなくなるはずだが・・・

Posted by ドラビゾン純恵 at 2006年10月21日 16:04
勝手にですがトラバ貼らせて頂きました。
Posted by ドラビゾン純恵 at 2006年10月21日 16:28
わざわざトラバ報告までありがとうデス。

今日NHKでやっていた「子供は0歳から言語をすべて認識している(詳細は忘れちゃったけれど…)」みたいな内容を見ても、ホント、教育って大事だなぁーとつくづく感じますね。

もう究極なことを言っちゃえば、生き物は『子孫を残すために生まれてきてる』っていうことなんだろうし、そういう意味でも、子供にしっかりと後生を託すための教育って考えると、生き物としての最小で最大の課題なのかも知れないですよね。
Posted by 石山城>ドラビゾン純恵さん at 2006年10月23日 04:44
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