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2007年01月23日

今年の大学入試センター試験と大学に対する提言(いいかげんだけれど…)

本年度の大学入試センター試験も
昨日で全日程を終了したようですね。

関係者の皆さん、特に今年の受験生は、
履修不足など勝手な大人の事情に巻き込まれ
右往左往しながらのセンター試験であったわけで、
精神的にとても大変だったと心中を察します。
取り急ぎお疲れ様でした。

さて、ここ最近、いじめや引きこもりという
若者を中心とする問題をはじめ、
国際化という波にもさらされ、
個性重視教育も再検討され始めたり、
また、少子化による「教える側と教えられる側」という
需要と共有の数滴バランスという部分でも…、

数え上げればキリがないほど
現在、教育界は抜本的に見直されてる状況にあり、
その改革も、複合的にタテヨコを横断する形で進める必要性も
広く知れ渡る状況になっていると思う。


で、今回、ボクは「大学」っていう存在意義や
「センター試験制度」について
ちょっと思うところがあったので、
思いつきではあるけれどいつものように書いてみたい。


- - -

先ず、ボクがこと教育界に言いたいことは
たったひとつで、
それは、

「学びたいと思っている人には
 もっと自由に学べる環境を与えるべきじゃないか」



ということが大前提としてあるわけです。


それは、
学びたいと願っているヤツが、
学ぶ機会も与えられずに他の道を選択しなくちゃイケナイなんて
やっぱり「学ぶ」ということに対して
間違ってるんじゃないかと思うってコトね。



誤解の無いようにもう一度繰り返して書くけれど、
これは、
「大学」と「センター試験制度」について
…のことです。



ということで、ボクの思うこれを実現するに当たって
思いつくことをいくつか。




■『センター試験制度を含めた入試制度の完全撤廃』
 〜大学は誰でも入れる学府にせよ〜
そもそも、ヘンテコな受験制度があるから学生たち若者は、入るだけで息切れしちゃうんですよ。学ぶことを目的とした場合、優先順位は「入学する」ことじゃなくて、「やりたい学問を最後まで学び遂げて卒業すること」のはずだ。

なので、入学の資格としては「高等学校の卒業とそれと同程度」ということだけにして、もっと間口を広く、もっと敷居は低くするべきじゃないか。

同様に、「入学は簡単、でも問題は卒業したかどうか?」という社会的価値観の流布も必要だと思う。



■何度でもやり直しができるように『入学金の廃止』
入学金っていう考え方も、どこか『入っちゃったら儲けモノ』っていう大学側の意図も見え隠れするし、なんか賃貸アパートの法外な敷金みたいでそろそろ見直すべきだ。

大学の本来の姿は『学生たちに教えてナンボ』なはずで、教員は教えるプロ集団であるべきだし、きちんと最後まで学び続けられるかどうか分からない生徒たちに、最初からまとまった金銭を要求するのはそもそもおかしい。

やはりここは自由度を増すために、在学中にかかった必要経費は均等に、月謝なり半年なり(前後期)で授業料としてだけ徴収すべきだと思う。これが健全なお金ももらい方だ。


これで、入ってみたものの「やっぱり自分のやりたい学問はこれじゃなかった」っていう学生たちも、なんの気兼ねも無しに翌年やりなおしが可能になる。(今の制度じゃムリ。親が破産します)



■大学側は、学生に媚びを売るような(人気取りのような)学部をムダに作らずに、大学はもっと専門性を特化して独自色を出すべき
そもそも大学は義務教育ではないということ、そして学びたいヤツだけが入学してくることをもっと大前提にすべきで、その大学の授業について行けない学生はそのままドロップアウトしていっても良いではないかと割り切りが必要。

そのためには体験入学制度(英会話スクールなんかでもやってるし、また、違う考え方では、正社員になるための雇用準備期間があるように…)を設け、本来、学生が学びたい授業中堂かを選択できる期間を設けるのもよいと思う。

この制度を取り入れることによって、大学側はもっと専門性を発揮することが可能になるだろうし、受講する学生としては、あらかじめ内容が分かれば、「こりゃついていけねーな」と事前に判断することができる。



■2007年問題や少子高齢化社会を逆手に取った教育改革案の導入

前述のように、センター試験を含む入学試験や入学金を撤廃することによって、がぜん大学っていう存在の敷居は低くなるはずで、そうすると今年あたりから大量に世に放たれる定年退職者たちが「もう一度勉強し直してみたい」っていう欲求の受け入れグチになる可能性はとても高いと思われる。

また、日本でも「ビジネス」を学問として捉え直せば(MBAの考え方はそもそもコレですよね)日本の高度経済成長の第一線で活躍してきた方々を教師という形で受け入れ、彼らの経験談やノウハウを、そのまま学生として学べる大学が出現してきてもおかしくないよね。

今まではビジネススクール(専門学校)の教育領域だったと思うけれど、これからは教育界のボーダーレス化(教育の自由化)を進めても良いんじゃないかと思う。




- - -


適当に思いつくことを
ダラダラと書いているうちに、
これは「大学という最高学府の再定義作業」
…っていうことに気がついた。



大がかりだナー。



そもそも、勉強とか学習とか教育って、
ある程度までは詰め込み型が必要だけれど、
それ以降は、
完全に「その人次第」なんだよね。


学びたいか学びたくないかっていう
シンプルな問題なはずだ。


そして、学びたいヤツは
どんどん学ぶ機会を活用すればいいし、
そういう環境が整っているべき姿が理想的だよね。


一方、義務教育が終了して
「もう勉強なんてまっぴらだ」っていうヤツも、
何度でもやり直しが利く社会が望ましいし、


そう考えると、
いち個人では返済不可能なほど
お金を貸すこと自体、
そういうサービスは
そもそも間違ってることになる…

…と、これまた話しは
脱線&大きな話しになっちまいますね(笑)





また、思いついたら書き足します。
取り急ぎ、次の場所へ移動の時間です。

ではでは。@渋谷

- - -

これらの文章は特定の団体や個人を攻撃することが目的ではなく、あくまでも私、石山が個人的に思うことをつらつらと書いたに過ぎませんことを予めご了承下さい。


- - -
参考リンク:

・センター試験全日程を終了、鹿児島の受験者ら再試験へ

大学入試センター(所長挨拶:センター試験の目的など)


posted by 石山城 at 18:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | Diary / 日記| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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